吉本晴彦!どケチ教祖すでに死去

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「大阪の三ケチ」吉本晴彦(93)氏に於かれましては、
5月30日にご逝去されていました。

ここに謹んでご冥福をお祈り致します(合掌

享年93歳でした。

どケチ教祖だけあって長生きしたんでしょうか(*^^*)
長生きすればそれだけ経費が掛かるとはおもいますが。

吉本晴彦ってだれ?

そもそも、吉本晴彦って誰なんでしょう?
元大阪マルビル会長であり「大日本どケチ教祖」の教祖様。

鳥井道夫氏、森下泰氏とともに大阪の三ケチと呼ばれていた。
(鳥井氏はサントリー創業者、森下氏は森下仁丹創業者)

大阪マルビルと言うから私はてっきり東京のマルビルの兄弟
かと思いましたが違うんですね。

大阪マルビルは昭和51年開業。
有名になったのは、回る電光表示盤です。

高さ120メートルの最上部に全国初となる回転する
電光表示盤を設けたことからです。

今では普通に見られる光景ですが、当時は画期的でここに
ニュース速報を流すことから「電光ニュースのマルビル」
として名物になりました。

しかし、運営会社買収とバブル崩壊で経営は圧迫し、
2004年に産業再生機構の支援を受けるハメになった。

詳細はこちら

吉本晴彦どケチ教祖誕生

昭和48年には「もったいない」を信条とする「大日本どケチ教」
を設立し教祖様になる。

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自身の半生を綴った著書「どケチ人生」がベストセラーにもなる。

余談ですが「大日本どケチ教」はその名のとおり宗教法人。

幼くして両親を亡くし祖父に育てられた晴彦さんですが
これが彼の人生を大きく変える事になるのです。

晴彦さんに人生哲学を教え込み晴彦さんが生涯を通じて
実践した「どケチ人生」はこの祖父の彦太郎氏の影響が
大きいのです。

その後現マルビルの土地を巡ってトラブルに巻き込まれる事に
なるのですが当時は大阪という土地柄が大きく影響してたの
も事実でしょう。

現在このマルビルは息子の春之氏が代表を勤めています。

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